さあ父の会(緑鈴会)の皆様お待たせいたしました。二日後に道成寺を演じられます角当行雄師を招いてのミニ対談です。

角当行雄師・・・・・父インタビュアー・・・イ
以下 対談
イ「今日は宜しくお願いいたします」
父「よろしく」
イ「九日の日に富士吉田薪能にて道成寺をされますが、道成寺は何回目ですか?」
父「え~ 五回目です」
イ「!!何で五回も・・・?」
父「特に意味は無いんですが、今までの四回が四回とも ちょこっとのミスがありまして・・・」
イ「そこのとこを詳しくお願いします」
父「一回目の披きの時 私は行ってないんですが 古いお弟子さんが代わりに道成寺にお参りに行ってくださって 四十の時ですかね」
イ「私は 確か十三才位でしたか・・・」
父「鐘が上がった時に 般若の面の角の部分が当たってしまい面が上にずれてしまって
見えなくなってしまったんです」
イ「それでどこで直してもらったんですか???」
父「はい 祈働の橋掛かりに行くところで 後見座に行き 直してもらいました」
イ「ほ~」
父「二回目は確か 後シテで緋長袴をはいたのですが、それが破けました。これも失敗です・・・」
イ「憶えてます。私は内弟子中で、某先生の奥様に!!!本番で使う前に 破けそうな所 危なそうの所は 前もって修繕しとかないとダメじゃないのっ!!!と 怒られましたもん((+_+))
でも後で見てみて 生地の目とは逆になんかありえない感じで破けてましたよ!!!言い訳ではないですが、不思議でした」
父「三回目は 鐘入りし 鐘の中で水を飲もうと探してたんですが、棚の奥に入ってしまったらしく、手は攣てくるし、湿気が多く だんだん貧血ぽくなってきて 鐘が上がっても 謡などの音が遠くに聞こえる感じで・・・」
イ「憶えてます。私は鐘後見(いつもの後見とは違い、道成寺の鐘を箇所により上げたり下げたりする後見。五人出ます)に座っていて見てて な~んで 親父さん 摺り足で動かずに 普通に歩いてんだろうと・・・」
父「もう気持ち悪くて ボーっとしてきて 幕に入ったら 後見の人に 角当さん!白綾どうしたんですかって!!!えっ!白綾だよ!これって!見たら 前シテに着ている坪織を後シテで白綾に変えたつもりが坪織をもって出てきてたり(笑)」
イ「曲が終わって鏡間に挨拶に行ったら!!トド!!みたいに横たわってましたもんね(笑)」
父「そう 立ってるのもきついぐらいだった・・・」
イ「で 四回目の時に まわりの皆に お参りに行かないからだ!!!って怒られて」
父「家のお母さんとお弟子さん達とお参りに行きました。還暦の会だったかな?国立で うまくいってたのですが、前シテの急之舞の後の謡を・・・間違えちゃって(凹み)」
イ「ふ~ん」
父「四回もさせていただいたからもういいかな と思っていたのですが、今回富士吉田薪能も三十周年ですし 後輩に 道成寺でもやったらって・・・でその気になっちゃって(笑)でも 今回もちゃんとお参りに行きました(自慢気)」
イ「(◎-◎)」
父「道成寺という大曲を今まで四回もさせていただきましたが、やはり間違いなくちゃんとやり収めたいということもあるのですが、それとは別にこの曲が好きである。演じていて楽しい ということですかね。今日も川崎能楽堂の舞台を借りて 面をつけて 動いてきましたが、体の動きなどが衰えている・・・当然七十に近くなってきていますから 体力は衰えて当然であります。しかし 逆に 若いころには無理であった 能に対しての 演じる事に対しての心の余裕?(言葉にすると表現しにくいですが)が備わってきている。体力の衰えに この心の余裕でカバーして、これからも大好きなお能を勤めていきたいと思っております」
イ「野外能は雨が心配ですね!浅間様の夕暮れ時の雰囲気は格別のものがありますし、何年か前に 翁をされたときも 雨で 富士五湖センターに移動しましたもんね!あの時は何故か特別神域で翁を出来なかったことが残念に思われました」
父「自分もそう思いましたし 皆さんもそう言っていました。やはり浅間様の神楽殿で舞うということにこの薪能の意義があるように思います」
イ「親父さんと六郎先生は 特別雨男ですから かなり不安!!!ですが 雨が降らないよう祈りましょう。これからも 体に気をつけてがんばってください!」
父「はい!有難うございます。よろしくおねがいします!」

この取材の後「体力をつける為にハンバーグが食べたい!」と子供のような事を言い出し、母は何処かに行ってしまったので、二人で近くの洋食屋さんに行き クラムチャウダー ハンバーグステーキ玉子のせ(特注)ライス ナポリタン を ガッツリ やってました((+_+))

角当行雄師・・・・・父インタビュアー・・・イ
以下 対談
イ「今日は宜しくお願いいたします」
父「よろしく」
イ「九日の日に富士吉田薪能にて道成寺をされますが、道成寺は何回目ですか?」
父「え~ 五回目です」
イ「!!何で五回も・・・?」
父「特に意味は無いんですが、今までの四回が四回とも ちょこっとのミスがありまして・・・」
イ「そこのとこを詳しくお願いします」
父「一回目の披きの時 私は行ってないんですが 古いお弟子さんが代わりに道成寺にお参りに行ってくださって 四十の時ですかね」
イ「私は 確か十三才位でしたか・・・」
父「鐘が上がった時に 般若の面の角の部分が当たってしまい面が上にずれてしまって
見えなくなってしまったんです」
イ「それでどこで直してもらったんですか???」
父「はい 祈働の橋掛かりに行くところで 後見座に行き 直してもらいました」
イ「ほ~」
父「二回目は確か 後シテで緋長袴をはいたのですが、それが破けました。これも失敗です・・・」
イ「憶えてます。私は内弟子中で、某先生の奥様に!!!本番で使う前に 破けそうな所 危なそうの所は 前もって修繕しとかないとダメじゃないのっ!!!と 怒られましたもん((+_+))
でも後で見てみて 生地の目とは逆になんかありえない感じで破けてましたよ!!!言い訳ではないですが、不思議でした」
父「三回目は 鐘入りし 鐘の中で水を飲もうと探してたんですが、棚の奥に入ってしまったらしく、手は攣てくるし、湿気が多く だんだん貧血ぽくなってきて 鐘が上がっても 謡などの音が遠くに聞こえる感じで・・・」
イ「憶えてます。私は鐘後見(いつもの後見とは違い、道成寺の鐘を箇所により上げたり下げたりする後見。五人出ます)に座っていて見てて な~んで 親父さん 摺り足で動かずに 普通に歩いてんだろうと・・・」
父「もう気持ち悪くて ボーっとしてきて 幕に入ったら 後見の人に 角当さん!白綾どうしたんですかって!!!えっ!白綾だよ!これって!見たら 前シテに着ている坪織を後シテで白綾に変えたつもりが坪織をもって出てきてたり(笑)」
イ「曲が終わって鏡間に挨拶に行ったら!!トド!!みたいに横たわってましたもんね(笑)」
父「そう 立ってるのもきついぐらいだった・・・」
イ「で 四回目の時に まわりの皆に お参りに行かないからだ!!!って怒られて」
父「家のお母さんとお弟子さん達とお参りに行きました。還暦の会だったかな?国立で うまくいってたのですが、前シテの急之舞の後の謡を・・・間違えちゃって(凹み)」
イ「ふ~ん」
父「四回もさせていただいたからもういいかな と思っていたのですが、今回富士吉田薪能も三十周年ですし 後輩に 道成寺でもやったらって・・・でその気になっちゃって(笑)でも 今回もちゃんとお参りに行きました(自慢気)」
イ「(◎-◎)」
父「道成寺という大曲を今まで四回もさせていただきましたが、やはり間違いなくちゃんとやり収めたいということもあるのですが、それとは別にこの曲が好きである。演じていて楽しい ということですかね。今日も川崎能楽堂の舞台を借りて 面をつけて 動いてきましたが、体の動きなどが衰えている・・・当然七十に近くなってきていますから 体力は衰えて当然であります。しかし 逆に 若いころには無理であった 能に対しての 演じる事に対しての心の余裕?(言葉にすると表現しにくいですが)が備わってきている。体力の衰えに この心の余裕でカバーして、これからも大好きなお能を勤めていきたいと思っております」
イ「野外能は雨が心配ですね!浅間様の夕暮れ時の雰囲気は格別のものがありますし、何年か前に 翁をされたときも 雨で 富士五湖センターに移動しましたもんね!あの時は何故か特別神域で翁を出来なかったことが残念に思われました」
父「自分もそう思いましたし 皆さんもそう言っていました。やはり浅間様の神楽殿で舞うということにこの薪能の意義があるように思います」
イ「親父さんと六郎先生は 特別雨男ですから かなり不安!!!ですが 雨が降らないよう祈りましょう。これからも 体に気をつけてがんばってください!」
父「はい!有難うございます。よろしくおねがいします!」

この取材の後「体力をつける為にハンバーグが食べたい!」と子供のような事を言い出し、母は何処かに行ってしまったので、二人で近くの洋食屋さんに行き クラムチャウダー ハンバーグステーキ玉子のせ(特注)ライス ナポリタン を ガッツリ やってました((+_+))
by kakutou-noh-actor
| 2008-08-07 23:16
| 対談

